Düsseldorfはオランダの国境に近いので、ついでにAmsterdamから電車で2時間くらいのBredaという町にある、「The Shipyard」と呼ばれるDutch Tax & Customs Administration(オランダ国税・関税庁、以下DTCA)というお堅い感じの組織の専属フューチャーセンターに行ってきました。今年で設立10年だそうです。
Bredaは観光地ではなく、駅前に大きな公園と河のあるのどかな郊外の町という風情。The Shipyardは写真左奥に見える、もともとDTCAのオフィスだったという古い邸宅を使っています。
このフューチャーセンターについては、こちらの経産省の報告書が一番詳しいと思います。
欧州におけるイノベーションと知的資産活用等に関する調査報告書(欧州のフューチャー・センターに関する実態調査) 2008年
6.1 THE SHIPYARD (Breda, the Netherlands): Future Center of the Dutch Tax & Customs Administration “The thinking power of people”(27ページ〜31ページ)
通称でありコンセプトである「Shipyard」とは造船所という意味で、DTCAとその社員を船と船員に喩え、「船員や船が調子が悪くなったときに修理に訪れ、また元気になって出航していくための場所」と自らを位置づけているとのこと。そのため内装には船や航海をイメージするものが多くあります。また案内をしてくれた方は、「break patterns」「license to disturb」というフレーズを何度も口にしていましたし、建物の中にはそのための仕掛けがちょこちょこ見られました。確かに直面している課題を乗り越えるためには、これまでの思考の枠に留まらず柔軟に考える必要があります。そして創造的なアイデアのためには、まずは「この場では何を言っても安全なのだ」と参加者に思ってもらうことが大事だということで、そのためにセッションでも準備とイントロダクションを丁寧に行っているという印象を受けました。例えば、参加者はまずシアタールームに案内されます。そこで「これから冒険の旅に出るんだよ」というメッセージのショートフィルムを見ることで、日常業務を離れ創造性を発揮する場に来たのだという意識づけをします。
入り口を入ったところにある象徴的な船の絵
「license to disturb」のサイン
「break patterns」の例、整然としていないコート掛け
シアタールーム
一軒家なので部屋数は多く、3階建てでワークショップ用の部屋数は15個くらいでした。そして各部屋が別の目的に使いやすいようにカスタマイズされています。
ライティングで雰囲気の変わるブレスト用の部屋
プロトタイプ作成のための部屋
落ち着いて深い話をするための薄暗い部屋
PCを使って無記名投票が出来る"Harvest"の部屋。机にはリンゴなどの収穫に使う木箱を利用
"Harvest"の部屋の壁には、過去の参加者が具体的な"Harvest"を書いている
一見落ち着いた書斎風、でも暖炉におもちゃの猫が置いてあったりとbreak patternsのメッセージが隠れている
素敵だったのは建物に入ってすぐに通される部屋で、50個くらいあるマグカップの中から好きなものを選んでコーヒーマシンでコーヒーを淹れて、雑談しつつ飲むことが出来ます。この時点で既に自主性を求められるし、そのワクワク感も同時に味わえるように思います。コーヒーコーナーは各階にあり、人がなんとなく集う場になっているそうです。他にもこの部屋はこんな目的で、こんな工夫があってね・・・という説明を本当に楽しそうにしてくれました。当事者が楽しそうなフューチャーセンターはいいですね。
自主性を発揮できる入り口横のコーヒーコーナー
ダイニングコーナーの窓にはスタッフの1人が描いた絵が
話を伺いつつ、結果だけを見るとすごく洗練されて完成度が高いものに見えるけれど、実際には社員の方が2人で(うち一人はArt School出身)あーでもないこーでもないといいながらDIYで試行錯誤を重ねた結果なんだなということがよくわかりましたし、The Shipyardの素敵空間を支えているのは、こういうトライ&エラーのマインドだなと感じました。というのも、上記の2008年の報告書に載っていたScenario Roomsはどこかと尋ねたときに、「ああ、あれは去年辞めたんだ。今はもっと稼働率のいい部屋になっている」という回答が返ってきたから。このやり取りから、常に改善し変化し続けることを躊躇わない姿勢を感じました。場というものは、完成した瞬間から陳腐化が始まると思っていますが、それを防ぐためにはこういう現場の人の努力が必須なのだということを改めて確認。まあでも、「型を破れ」のような台詞を、型にはまっている人に言われることほど白けるものは無いですよね。
オフィス。個人的にはこの部屋が一番好きでした。
帰り際に参加者に評価をしてもらい、定期的に集計しているそうです
このフューチャーセンターはDTCAから予算をもらって運営しているので、営利目的のワークショップや場所貸しはしていないとのこと。そのほうがDTCA社員にとっては安心して使える場ではありますが、少し勿体無いような気がするのと、コストセンターだとDTCAからの予算カットが怖くないかなーと思いました。その分フューチャーセンター側も成果にシビアになるのでいいのかもしれませんが、成果指標を間違えると本来目的を果たさなくなるので(例えば入居率で成果を測られるインキュベーションセンター等)、そこはどうしているのかは気になります。あと、スタッフは、その日お会いしたのは3名でしたが、実際にはかなり多くの人(何百人というレベル)が関わっているとのことでしたので、ボランティア等をうまく活用しているのだろうと推測します。別団体を同時期に受け入れるということもしていないとのことですが、それでも年間100回くらいのセッションが開催されているとのことで、丁寧な事前準備までを考えるとフル稼働といえるでしょう。それくらいの稼働率があるのであれば、予算獲得はやりやすいのかもしれません。DTCAの社員にとっても、「プロジェクトが煮詰まったらあそこにいこう」という存在感になっているようで、そういう正当性を確立できてしまえば強いですね。
ところで訪問時には、お土産代わりに国保ゼミのフューチャーセンターの説明プレゼンテーションをしたのですが、ファシリテーションや運営を学生が担っているのは素晴らしいというコメントをもらいました。オランダでも若年層の就職難が社会問題になっているようで、学生が会社というものを知るいい機会になるのではないか、また大人にとっても凝り固まった頭をやわらかくしてくれるいい刺激になるので、うちも学生の力をもっと使いたいんだけど、とのこと。何がそんなに難しいの?と訊ねたところ、学生が謙虚じゃないんだそうです(爆笑)。これは学生に限った話ではないけれど、確かに他者から学ぶ姿勢がない人はいい貢献をしてくれないですね。
ところで、どうしても充実の部屋数や凝った内装に目を奪われますが、話を聞いてみると、これらは参加者の意識の転換や目的別のディスカッションをやりやすくするための仕掛けに過ぎず、箱さえあれば必要なディスカッションが勝手に生まれるとは決して考えていないことがわかりました(やっぱそうよね!)。目的に沿ってカスタマイズされた箱があれば確かにやりやすくなるけど、どちらかというとどんな内装があればどういう効果があるのか、内装に依存せずその上でどういう工夫をしているのか、というヒアリングが出来たことは収穫です。そして、そういう話をしながら私が考えていたのは、この目的によって部屋を使い分けるという発想は、ダイニングルームやリビングルームが分かれている西洋の発想なので、ちゃぶ台や座布団やお布団によって、1つのタタミ部屋がダイニングにもリビングにもベッドルームにもなる日本の文化的背景を考えると、部屋そのものを変えなくても小物類で工夫すればいいのではないかということ。うちのフューチャーセンターは1部屋しかないことを残念に感じていたけれど、日本でやっている限りはそれほど制約にならないのかもと思えました。人数も「経験的に、創造的ディスカッションが目的なら20人は適切な規模」と言われましたので、今の20人定員(夏場は15人)というのはいい線だな、と。こういう具体的な数字や閾値や、機能しているメカニズムが知れるのは、事例視察の大きな価値だと思います。おかげさまで今後の方向性のヒントを得ることが出来ました。