2011年11月28日

島根県の海士町に行ってきました。

ちょっと古い日記になりますが、島根県・隠岐諸島にある海士町に行ってきました。島根県だけど、アクセス的には鳥取県の米子空港経由が近いです。ラストワンマイル(といいつつ100マイルくらいですが)は、本土からのフェリー約3時間の旅です。
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この海士町、面積33.5㎢、世帯数1,100世帯、人口2,451人(2007年8月末)といういわゆる離島にありがちな人口動態を見せる、少子高齢化の町です。しかし海士町は、大きな地理的ハンディを抱えつつもなぜかIターンが多いことで有名なのです。今回はそこを探りに行ったわけではないけど、ヒアリングの機会をいただいて見えてきたことがあるので、少し記録しておきます。

海士町の風景。海が近いところが、さすが「島」。
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島!!
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一方でこんな田園風景があるのが意外。
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それではまず、海士町に関するデータをいくつか。

fig.1 島根県平均・県庁所在地の松江市・海士町の年齢構成比較(2010)
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fig.2 海士町の人口推移(〜2005)
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fig.3 海士町の年齢別人口(2005)
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fig.4 海士町の人口動態の変化
population_shifts.jpg


fig.3をみると、20代前半がポコンと少ないのが分かりますでしょうか。これは、島に大学がないため高校や大学への進学のために子どもが島を出るものの、島内に就職口がないためにそのまま帰ってこられなくなるからなんだそうです。その結果、島内の小中学生にとっては身近なロールモデルが不在という状況となり、自分の将来のビジョンを描けなくなっていたとのこと。生産年齢人口減少は税収減に繋がるので好ましい状況ではありませんが、さらに若年層が欠落していることでその下の世代が将来ビジョンを描くことができず、島で暮らす将来を描くことができず、島外への人口流出が加速し・・・という流れになるそうで。そこで、このあたりの世代を外部の人材で補うことにしたんだそうです。

同時に、この町の再建のためには地域の人の意識変革が必要だと判断した町の役場の人たちは、外部の人との交流でそれをもたらそうとしました。しかし東京から海士町に来るには、交通費としてかなりの金額がかかるため、20代若者が訪れるには負担が大きすぎる。そこで考えたのがAMAワゴンという、交流プログラムです。2006年から、これで大量かつ継続的に若者を島につれてこれるようになりました。そして、島に若者の姿が見えるようになったことで、子どもが島の良さを見直し、自分の将来について前向きに考えるようになり、そして子どもが島のよさを見直したことで、親も見直すようになったんだそうです。

公務員という立場でこういった企画を実現するのは相当ご苦労が多かったようですし、ずいぶん批判もされたようですが、数年たって効果が見えるようになってからは周りの理解が進んだそう。今回お話をうかがって、私はこの企画がこの町の大きなターニングポイントだと感じましたので、素晴らしいご英断だったと思いますし、実施に携わった多くの方の行動に敬意を感じます。実は、個人的には、これまでなぜ若者を地域に大量に連れて行くのか、はたしてその活動が短期的な観光収入以外のどこに貢献するのかということを疑問に思っていました。外部の人が短期間だけ地域を訪れて騒ぎ、地域コミュニティをかき回して帰っていくという現象を見て、何が目的なのかどういう効果があるのかいまいち納得できていなかったのですが、今回のお話を伺って腑に落ちました。また、問題構造と解決のメカニズムが理解できたことで、自分のフィールドで再現することも可能だと思います。意義深いヒアリングでした。

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ちなみに、海士町にとっては1999年が大きな節目となっています。第三次海士町総合振興計画、通称「キンニャモニャの変」では、平成の大合併の時代に合併を拒否した町として、町職員が生き残りをかけて「自らが汗を流して、わが町の自慢になる顔を作ろう」と目標を掲げたそうです。某課長は財政を見ていたこともあるのでしょう、「夕張市(破綻)への道が見えていた。自分たちが変わる以外に道が無い、というところまで追い詰められた」という当時の危機感を語ってくださいました。しかし自分の身を削らない改革を行政が一方的に押し付けても町民に支持されないだろうということで、三役・議員・教育委員・職員が給料カットを受け入れ、改革のための資金を捻出したそうです。これもまたすごい判断ですが、確かに、自分は安全なところにいる人にお前は変われって言われたところで、耳を傾ける気にならないよねえ。海士町ではその結果、「役場の職員がそこまでやっているのに自分たちは何もしなくていいのかと住民が思うようになった」そうです。

その意識変革をベースとして、いくつか産業を興して育てています。環境が環境なので、第一次産業に注力せざるを得ないということで、島外で販売し外貨を稼ぐための新しい産業を次々に打ち出しています。

海士町の外貨獲得戦略@ 牡蠣の養殖
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海士町の外貨獲得戦略A 隠岐牛
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そのほかにも、特殊なCAS冷凍技術で輸送するイカ、天然塩の製造、ナマコ養殖などの産業を見学させていただきました。


それから、今回の海士町訪問では、昔KBSの地域起業家養成講座を受講してくれていたOBとか、ちょうど同時期に視察に来ていたいろどりの横石さん社員さんたちと再開する機会となり、非常に嬉しかったです。一晩など、ご自宅にお招きいただき、とれたての海の幸満載のごはんをいただきました。都会にいるとあまり誰かのお宅にお邪魔することってないので、とても新鮮で、とても楽しかったです!

「さっき釣ってきました」というイカとサザエ。うまー!
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ふくぎ茶のパンナコッタという名作が生み出されたのも目撃しました。
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教育って、伝達する知識情報だけでなく、こういった繋がりを生み出す効果もとても大きいと思います。こうやって人のつながりが生まれ、続いていくのって大変ありがたいこと。改めて自分は幸せな仕事をさせていただいてるなあと感じます。


ここにも海士町レポートが。
地域再生の現場から: 海士町の新たな挑戦 〜「最後尾から最先端へ」〜




posted by Kokubo at 14:02| 神奈川 | Comment(0) | TrackBack(0) | おしごと日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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