2006年02月14日

バレンタイン・デーにソーシャル・ベンチャーを考える

おお、ふと気付けば今日はバレンタイン・デーではないですか。

モロゾフとメリーチョコレートの陰謀で始まった習慣ですが、私は割と肯定的です。
きっかけは何であるにしろ、周りの人への感謝を示すことの出来るイベントは素晴らしい。
目的はチョコレートの売上UPだったにしろ、手段として感謝を示すことができる。
バレンタイン・デーの起源としては逆ですけれどもね(チョコレートは無関係か)。

目的と手段が混乱することは割と良くあることで。


ソーシャル・ベンチャーを定義しようとすると、目的or手段という議論は避けられない。
例えば私が最初に考えたソーシャル・ベンチャー(SV)の定義は
「社会的価値の提供を目的として設立し、手段としての利益を追求する企業」。
ただ、多くの企業は経営理念として社会的価値の提供らしきことを掲げているので、
これだとほとんど全ての企業が当てはまる。

例えばコムスン。「一人でも多くの高齢者の尊厳と自立を守る」を企業理念とし、
全国で福祉サービスを提供していますが、感覚的にこれはSVじゃない。
受益者≠コスト負担者であり、不特定多数へのサービスを前提とするNPOとも違う。
やっぱりコムスンは、プライベート・セクターの組織だとしか思えない。

つまり目的の内容による定義はできない。

じゃあ逆に、コムスンがSVとは言えない理由は何なのかを考えてみると、
利益を目的に優先させる、つまり利益が出なくなるとそこに困ってる
おばあちゃんがいようとも市場から退出してしまうからだ。

SVであれば、そこにニーズがある限り何とかしようとするし、それが「社会的価値の
提供を目的とし、利益を手段とする」ということなのですが、コムスンは逆ですね。
利益が目的、社会的価値が手段。そしてこれがいわゆる営利企業です。

つまり、営利企業とは利益が目的で社会的価値の提供を手段とする組織で、
SVとは社会的価値の提供を目的とし利益を手段とする組織である。


ただこれはどちらが目的で手段かということは、企業理念等から判断する
ことは不可能ですので、実際には行動原理で判断するしかないです。
つまり社会的価値が提供し続けられる限りにおいては、利益がでなくとも
市場から退出しない(させられない)組織、それがSV。

SVの定義はその行動原理に基づいて行われる。

市場からの退出、それは存在意義の消滅の結果です。
営利企業は利益が出なければ神の見えざる手で市場から退出させられる。
同様に、やっぱりSVも社会的価値を提供できなければ退出させられると思うし、
社会的価値を持続的に提供するためには、手段としての利益は必須でしょう。
ただSVに関して言えば、その財源は100%事業利益ではないかもしれないけれど。

SVの存在意義はその継続をもって証明される。

ところで、このあたりでいつも同じ疑問にぶち当たる。
これは地方の中小企業とどこが違うのか?

地場の中小企業なんて、地域の人の役に立つ存在でなければ残れないし、
逆に言えば、地域のリソースを使ってその付加価値を利益に落とし込んで
いるものが中小企業ではないかと思うのです。そして雇用を創出する。

そうすると、更にSVって何??

という逡巡の末にいつも立ち戻るのは、「会社」という言葉。
「company」とは、もともと「com(一緒に)」+「pany(パン)」で、
すなわち「company」とは「一緒にパンを食べる人」「気のあった仲間が集まる所」
という意味なんだそうです。これを福沢諭吉が訳すときに「会所(集まる所)」と
「社中(仲間)」を組み合わせて「会社」という日本語を創造したんですが、
このときは営利・非営利の概念はなかったと言われています。

つまり、会社を営利・非営利に分けること自体が後付けだったということですね。
この後付けの分類は、だんだん時代にそぐわなくなってきた。
そして新たに生まれた中間形態を表す言葉として「ソーシャル・ベンチャー」
が出てきたけど、実はこれ、概念としては原点に戻っただけですよね。

「会社」とは元々営利でも非営利でもない。本来の「会社」に近い概念=SV。

ホリエモン現象とライブドア・ショックで大きな揺り戻しがあり、会社とは何かと
いうのが問われている昨今、SVというのはソリューションの1つとなりうるのかも。
営利でもないけど非営利でもなくて、強いて言うなら「共営利」とかco-profitの
ような形態の会社があってもいいんじゃないかなと思うわけです。

(ところで私は決して営利企業やNPOを非難しているわけではありません。
おばあちゃんがHappyになるという結果が同じであれば、サービスの提供主体が
SVであろうと営利企業であろうと問題ではないはずです。そういう意味ではSVを
定義するなんてそもそも無意味なんでしょうけど、しておかないとその先を
論じることができない。だから、定義って必要だと思うんですね。)

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ちなみに我が家のバレンタイン・デーの過ごし方としては、チョコレートLoverである
オットお気に入りのショコラティエに2人で出かけます。しかも混雑を避けて15日以降に。
色気は無いけど、これが一番美味しくチョコレートが食べられる方法だと思う。
Musee du Chocolat THEOBROMA
完全に手段が目的化している私たちですが、これも愛の表現なのかも??


posted by Kokubo at 16:40| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルとビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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