2009年08月29日

そばにいる、ということ

本日はツマ日記というか、嫁日記。

あまり人には話してなかったんですが、一年前に義理の父が他界しました。一周忌に、オットファミリーで集まってお食事。

義父は料理が上手く、私にとっては義実家に行く=義父のおいしい手料理が食べられる、だったので、義実家に遊びに行くのがいつもいつも楽しみでした。あまり自分は食べなくて、息子夫婦がもりもりごはんを食べるのを、手酌でお酒を飲みながら目を細めて見ているような人でした。結婚したばかりの頃、嫁としていいとこ見せなきゃ!と前のめった私が皿を割ったとき、「慣れないことするな」と笑い飛ばしてくれた人でした。イクラが苦手と言いだせず、頑張って飲み下していたことをオット経由で聞いて、次からは黙って私の皿だけイクラをどけておいてくれる人でした。

大好きだったので、亡くなったときはとてもとてもとても悲しかったけれど、そのあと気付いたのは、一緒にいるということと、そばにいるということは、イコールではないということ。今はこの世にいないけど、見守ってもらってるという感覚は、寧ろ前より強くなっている。ちょっと大変なことがある時も、おとーさんが見てるから大丈夫、みたいな心づよさが常にある。

私は、優しい言葉でスポイルする人より、厳しく突き放しつつもふと振り返ると常に目が合う、という人が本当の意味で優しい人だと思う。そういう存在がどれほど自分に力を与えてくれるか、よく知っているから。そして、たくさん外でへこんでも、おうちでおいしいご飯を食べることでパワーをもらったり、与えたりする人でありたい。ごはんは、とてもシンプルかつ正直な愛情表現だということを、よく知ってるから。

墓前に手をあわせながら、寂しくはないけど、おとーさんのごはんが食べたいなーと思いました。

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posted by Kokubo at 11:10| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ツマ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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